クラシックへようこそ

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写真3ロシア料理と音楽の夕べ

Saturday, January 24, 2015

はじめに

かって、クラシック音楽界で帝王と称されていた指揮者がいたーーそれは、他ならぬベルリン·フィルハーモニー管弦楽団の終身指揮者·芸術監督ヘルベルト·フォン·カラヤン。彼の逝去をもって、この称号は死語になってしまったのかと思うほど、継承者は久しく現れなかった。しかし、今、シカゴ交響楽団(シカゴ響)の音楽監督リッカルド・ムーティはその帝王の称号に相応しい風貌と風格、実力とカリスマ性を備えた名匠としてクラシック界に君臨する。

その堂々とした体格、髪をオールバックにかき揚げ、颯爽とマエストロ·ムーティがステージに登場すると、さっと空気が変わり、彼の発するオーラーが漂い緊張感が漲る。聴衆は固唾を飲んで彼の一振りを待つ。

彼が、シカゴ響の音楽監督を快諾したという一報をコンサートホールで待機していた楽団員たちが受けとった瞬間、『ウォー!』という歓声が場内に轟いたそうだ。フィラデルフィア管弦楽団の音楽監督(1980-1992)を辞任した後、もうアメリカのオーケストラでは振らないと、ニューヨーク·フィル·ハーモニックの招聘さえも断ったムーティを『是非ともシカゴに迎えたい、』と楽団員たちは熱烈なラブ·メールをマエストロに送り続けたと言う。その一途な熱意がムーティの頑な心を動かしたのだろう。ムーティが就任した2010年の冬、ナポリ生まれの彼にとって極寒のシカゴは、さぞお辛いだろうとマフラーを物色する楽団員もいたと聞く。彼はオーケストラの管楽器奏者としてそのパワフルなサウンドで『暴れん坊』の異名を取る某氏である。

孤高の人として畏怖されていた故カラヤンに比して、ムーティはオープン·リハーサルでは、ジョークを連発して聴衆を笑いの渦の中に巻き込こむ。イタリア人らしい明るさとウィットに富んだ人間味溢れる愛すべきマエストロである。

そのエネルギッシュで、躍動感と律動感に満ちた演奏は聴衆を魅了してやまない。足でリズムを取りながら、腕を振り上げ、掌を結んで開き、テニスボールを投げるようにポン、ポンと各セクションにキューを出していく。身体表現能力の高い指揮者だと思う。またムーティを迎えてシカゴ響は以前にも増して歌うようになった、と言うファンの声も聞く。

 ロシア料理は如何?

1月24日写真(土)夜、壮麗な響きと温かな音色で全米のオーケストラの中でも軍を抜くヴィルトーゾ·オーケストラ、シカゴ響と現代の帝王ムーティのコラボレーションを堪能すべき、中西部校友会の有志八名は、シカゴの目抜き通りミシガンアヴェニューに面するシンフォニー·センターへと向かう。写真2

まだ一週間前の新年会の余韻も覚めやらぬまま気分はガラリと変わってのクラシック·コンサート鑑賞会ーーまずは腹ごしらえからとコンサート会場より徒歩3分のロシア料理店「Russian Tea Time」に結集。

ウォッカのカクphoto 2テル、白ワインを傾けながら話が弾む中でメニューの吟味ーー若く感じの良いウェイトレスのアドバイスに従い、ファミリースタイル大皿、クレープ、スモークサーモン、サーモンキャビア、サワークリームの取り合わせやポテト·ダンプリングを注文。ロシア名物のロールキャベツやビーフストロガノフは結構好評で『ロシア料理は日本人のphoto 1口に合うね、』とご満悦の皆さんに幹事はホッと安堵する。もう満腹ながらも、デザートは別腹と女性陣は、ケーキとロシアンティーを注文。ウェイトレスご推薦のナポレオントルテとブラックチョコレートケーキはすんなりとお腹に収まった。

いざ、コンサートへ

SmallBanner_rmuti1Program

Chicago Symphony Orchestra

Riccardo Muti Conductor

Alisa Kolosova Mezzo-soprano

Sergey Skorokhodov Tenor

Chicago Symphony Chorus

        Duain Wolfe Chorus Director

Scriabin

Symphony No. l in E Major, Op. 26

Prokofiev

Alexander Nevsky, Op. 78

美食と美酒で胃袋を満たし、意気揚々とコンサートホールへ赴くーーホール入口扉で、アッシャーのチケットスキャンをクリヤーし真っ赤なカーペットを上がって下方バルコニー席へ。プログラム冊子を受け取ると、あのワクワク感が、じわじわと身体中に広がっていく。

スクリャー写真4ビンとプロコフィエフは双方ともロシアの作曲家であるが、当日のプログラムは筆者も耳にしたことがなく、交友にお薦めのものではなかった(実際、プログラムノートに依るとスクリャービンの交響曲1番は、今回が初演とあり、またプロコフィエフのアレキサンドル·ネフスキーが最後に演奏されたのは1977年とある。)然し乍ら、シカゴ響の公演総数103のうちマエストロ·ムーティが演奏するのは30に過ぎず、その制約の中で、校友会の他のイベントの日程や空席状態を考慮した結果、止むを得ずこの日を選択。

スクリャービン、交響曲1番は非常に静かで緩やかなバイオリンソロで始まり、その後比較的短い4楽章が続き、最終楽章はメゾソプラノとテナーのソリストと大編成の混声合唱で終わる。それは壮大な芸術賛歌としてスクリャービンの芸術至上主義を表出している。

ここで筆者の独断をーースクリャービンの骨頂は、ピアノソロにあると思う。彼はモスクワ音楽院でラフマニノフと競い合った程の卓抜したピアニストだったが、小さな手のハンディを克服する為の過度の練習で右手首を痛めたそうだ。ピアノソナタを10曲書いているが、その中の2番「幻想ソナタ」や短い小品集には心を打ち砕かれる佳品が多い。その作風にはショパンの感性とリストの理性を感じさせる。

ワインやウォッカの酔いが程良く廻り、うとうとと夢心地になられた方も多いと見受けられるけれど、それもまた良きかなーー最高のオーケストラの演奏を子守唄にするのもこれ贅沢極まれり。

15分の休憩時間を挟んで、次はダイナミックで重厚なプロコフィエフの作品。これは同じ標題のロシア映画の為に書かれたものを抜粋して7曲からなるカンタータに改作再編成。映画はロシアの英雄アレキサンドル·ネフスキーとドイツ騎士団との戦いを描いたものである。

6曲目の「氷上の戦い」からエンディングにかけてクライマックスのオーケストラと合唱が混然一体となった演奏の躍動感はもう筆舌に尽くしがたい。スタンディングオヴェーション、ブラボーの歓声、嵐のような拍手。これぞライブコンサートの醍醐味である。

音楽は一瞬なり、されど、あの日あそこで鳴り響いた音楽との共鳴は忘れがたい感動として心の深部に残る。そして其処で良き仲写真7間と心を通わせたことは、人生のパレットに鮮やかな色彩を添える。

  • 素晴らしかった、本当にいいコンサートだったね、合唱のレベルがとても高いな、と各々賞賛の言葉を口にしながら、寒夜のシカゴの街を歩き帰途へ着く。

『心が洗われました、』という交友のJさんのメールにわれ知らず顔がほころび、前夜の感動を呼び起こす。そして音楽の力の大きさ、その楽しさに思いを馳せる…

皆さん、気楽にクラシック、如何でしょうか!